vol.1 金色のポスター 〜

1986年のある日のこと。
作品は何だったかもはや記憶にないのだけれど、高価なチケット代を払ったからにはおそらくその時話題のミュージカルを観劇するため、ワクワクしながら憧れの帝国劇場のロビーに入ると、いきなり金色の大きなポスターが目に飛び込んできた。中央に深く憂いをたたえた瞳の少女が描かれていて、その上に白抜きの大きな文字のキャッチコピーが。
「あなたに白羽の矢が立つ!」
何だろう…と吸い込まれるように私はポスターの元へ。なにやら大がかりなオーディションが行われるらしい…へえ…と一気に応募要項を読んでいく。

「レ・ミゼラブル」…少し前にロンドンでロングランがスタートしてすごく話題になっているらしい、ということは知っていた。あれを日本でやるんだぁ!でも、まだ音楽もきいたことはないし、恥ずかしいけれどちゃんと原作を読んでもいないし…。知っているのは、「ああ無情」という邦題、ジャン・バルジャン、コゼットという名前くらい、あとは…貧困に苦しむ人たちの物語かな、と本当におぼろげな知識だったのだけれど、とにかく、何か今までにないすごいことが起きそうだ!ということだけははっきりと感じられた。…

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そこには確か8〜9役の役名が列記され、それぞれの役について簡単なキャラクターの説明が書かれていた。応募するなら、年齢的にやはりコゼットか、初めて聞く名前のエポニーヌか…どっちだろう。キャラクターの説明を読む。
私の記憶が定かであれば、

コゼット…美しく清純な乙女
エポニーヌ…明るく気丈な性格

とあった。あ、絶対コゼットじゃないな(笑)とエポニーヌに心を決めて、事務所から書類を送ってもらうことにした。
ただし、これはあまりに大きな作品の大規模なオーディション。それも全役完全オーディションと書いてある。が、主な役は絶対に有名なスターの方々に決まるに違いないと思ったし、だから、自分が受かるわけがないとも思ったし、
ただ、海外からスタッフの皆さんが来日して審査してくれるということで、これは参加することに意義がある!と、一つの大きな力試しの経験に、との思いで応募したのだった。

当時の私は、舞台女優としてはまだまだ駆け出し。子役でデビューしてから売れないアイドル歌手時代を経て、18才の時に受けたミュージカルのオーディションで、いきなり主役のシンデレラ役に合格して初舞台を踏み、すっかりミュージカルの虜になったものの、なかなか急に舞台出演が続くわけでもなく、アルバイトをしながらレッスンしてオーディションを受けて…やっと合格しても、いわゆるアンサンブルといって、台詞も一言、二言で、端っこのほうで歌って踊って、という日々。それでも少しずつ役をいただけるようになってきて、よーし!いつか絶対主役を張れるようになるぞーっ!なんにも恐くないぞーっ!と突っ走っていた、そんな怖さ知らずの元気いっぱいのピチピチ…というよりプリプリ(針で突ついたらプルっと剥ける羊羹みたいな…例えが解りづらくてごめんなさい。それくらいほっぺたが丸かったです。)の駆け出し女優。オーディションもそれなりにたくさん受けて、泣いたり笑ったり、それなりの場数も踏んでいたつもりだったのだけれど、この時ばかりは、なにかただならぬ空気感、そう、ミュージカル界全体が、大きな作品の始まりを前に、みんなで息をひそめてそーっと動向を窺っているような、そんな不思議な空気感を感じていたように思う。

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Les Miserables
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vol.1 金色のポスター 〜

vol.2 褒め上手と納得上手 〜

vol.3 第二次審査当日 〜

vol.4 第三次審査 〜

vol.5 最後にもう一度 〜

vol.6 果報は寝て待て 〜

vol.7 電撃的な連絡 〜

vol.8 レミゼと私の始まり 〜

to be continued
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